革新的水素液化技術への挑戦~実用的な磁気冷凍法による水素液化コスト削減に道~(2022.04.11)
2022年04月11日
金沢大学理工研究域数物科学系 松本 宏一教授と国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)および大島商船高等専門学校らの研究チームは、磁気冷凍システムの極低温における駆動を実現し、このシステムによる水素の液化に成功しました。本研究により、磁気冷凍法による実用的な水素液化が実証され、低コストで省エネルギーな水素液化プラントの開発に一歩前進しました。
2050年脱炭素社会実現に向け、水素エネルギー利用が加速しています。水素社会の実現に必要なインフラのうち貯蔵や輸送は、エネルギー密度の観点から液体であることが有利です。水素は約20K (-253℃)という極低温で液化するため冷凍機が必要となります。しかしこれまで利用されてきた気体式冷凍機の液化効率は最大25%程度であり、液化価格が水素製造価格の3分の1を占めることが、水素供給価格の削減および水素社会実現に対する障壁となっています。このため液化効率の劇的な向上が求められています。
液化効率を大きく上げる有望な技術に磁気冷凍があります。これは、磁性体への磁場の有無の変化に伴う吸熱・発熱反応を利用した冷却技術です。気体式冷凍機ではエネルギー損失の主要因であった圧縮機が磁気冷凍では不要となり、従来の課題であった液化効率の50%以上達成が理論的には可能です。
しかし、これまで試されてきた水素液化用磁気冷凍は冷却動作温度範囲が数℃ と狭いので、より実用的に水素を液化できる磁気冷凍システムには冷却動作温度範囲の拡大が必要でした。これを解決するために能動的蓄冷式磁気冷凍 (AMRR)が提案されています。しかしエアコンなど日常的な温度範囲で家電への応用研究は進んでいるものの、極低温での実現は困難で、水素の液化は達成されていませんでした。
今回、本研究チームは、最適化された超伝導磁石の磁場中に磁性体を出し入れすることで、高効率で発熱の少ない磁場変化を与える機構を開発しました。さらに、AMRRに最適化した熱交換器を開発するとともに、磁性体形状の改良を行いました。これらにより、冷却動作温度範囲の拡大と極低温で安定したAMRRサイクルを実現し、世界で初めてAMRRによる水素の液化に成功しました。
今後この技術を高めることで、より高出力、高効率の磁気冷凍機を開発し、低コストで省エネルギーな水素液化プラントの実現を目指します。
本研究は、NIMSエネルギー・環境材料研究拠点 磁気冷凍システムグループの神谷宏治グループリーダー、齋藤明子主席研究員、沼澤健則特別研究員、竹屋浩幸特別研究員、金沢大学の松本宏一教授、大島商船高等専門学校の増山新二教授からなる研究チームにより行われました。また本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(研究開発代表者: 西宮 伸幸)研究開発課題: 「磁気冷却技術による革新的水素液化システムの開発」の一環として行われました。
本研究成果は、2022年4月11日15時に『Applied Physics Express』にオンライン掲載されました。
第1図 磁気冷凍の原理。(1)磁場をかける(励磁)と、磁性体の磁気モーメントが整列、磁性体は発熱する。この熱を排熱後、(2)磁場を取り除く(消磁)と、磁気モーメントの向きは乱雑になり磁性体は吸熱して周辺の熱を奪うので、(3)この状態の時に冷やしたい物質を近づけると冷却することができる。
第2図 BarclayらによるAMRRサイクルを構成する4つの過程。磁性体と熱交換ガスが磁性体容器内に充填されている。磁性体容器下側の熱交換ガス流路の間に水素吹込み容器が設置されている。(1)磁性体に磁場をかける(励磁)と、磁性体は発熱し周辺の熱交換ガス(ヘリウム)を暖める。(2)熱交換ガスを低温端(下部)から上方向に流して熱を高温端側(上部)へ輸送し、磁性体の温度を下げる。(3)磁性体から磁場を遠ざける(消磁)と、磁性体は吸熱し周辺の熱交換ガスの熱を奪い冷やす。(4)冷熱の熱交換ガスを高温端(上部)から下方向に流すと冷えた熱交換ガスが経路外に排出される。排出流路の間の別容器に水素ガスを流し込み冷却する。過程(1)から(4)を繰り返していくと磁性体容器下部の低温端は徐々に冷えていき、水素容器内の水素も温度低下しやがて液化する。
- Applied Physics Express
- 研究者情報: 松本 宏一