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高精度な質量計測につながる新しい分子計算モデル開発(2020.10.21)

2021年03月03日

金沢大学理工研究域フロンティア工学系の瀬戸 章文 教授と自然科学研究科博士後期課程3年の玉舘 知也さんらの研究グループは、質量分析法の精度を向上させる新しい分子計算モデルを開発しました。

質量分析法は、名前が示すとおり、原子や分子の質量を計測する手法であり、試料にどのような物質が含まれているかを特定する手段として、化学や生物学の分野で広く利用されています。その基本原理は、計測したい試料に電荷を与えイオン化し、そのイオンを分離・検出して、もとの化合物の構造を予測するものです。質量分析法は、さまざまな化合物に適用することができますが、高分子などの巨大分子では、イオン化されたときに過剰な電荷を持ち、さらに分子構造が複雑になるため、正確な質量計測が難しいという問題がありました。

本研究では、このような過剰の電荷を持った巨大分子イオンに逆の極性を持つイオンを衝突させて、余分な電荷を取り除いていく“荷電中和”プロセスに着目し、この過程を数値シミュレーションで再現する新たな分子計算モデル「連続体-分子動力学法」を開発しました。また、開発した連続体-分子動力学法を実際に高分子イオンの荷電中和過程に適用し、これまで不可能であった広い圧力範囲での荷電中和速度を予測することに成功しました。その結果として、複雑な構造変化を伴う巨大分子でも、その荷電中和の進行速度を決定することが可能になりました。

本研究により、さまざまな分子とイオンとの衝突過程を計算機上で再現することが可能になりました。今後は、質量分析に限らず、分子やイオンの衝突が誘起する化学反応速度の解析など、幅広い分野への適用が期待されます。

本研究成果は、2020年10月21日に国際学術誌『Physical Chemistry Chemical Physics』のオンライン版に掲載されました。

図1: 質量分析(MS)またはイオン移動度分析(IMS)の前処理として利用される電荷減衰プロセスの概要図。スペクトルの精度を高めるために,分子イオン(この図ではPEG)の過剰な電荷は取り除かれる。
図2: 開発した計算モデル「連続体–分子動力学法」の概要。このモデルでは、イオン間距離が十分に遠い場合、相対運動は連続体の拡散方程式で記述され、特定の距離(破線)内では、分子動力学(MD)計算を行う。計算速度を上げるため、ターゲットイオンの周囲にのみガス分子を配置してMD計算を実行する。
図3: (a)電荷数の異なるPEGイオンに逆極性のイオンが衝突する速度定数。(b)衝突時のNO2-イオンの並進速度分布。