流れの渦が情報処理能力の鍵 ~バーチャルな物理リザバー計算で実現~(2021.06.17)
2021年06月17日
金沢大学理工研究域数物科学系の野津 裕史 教授、東京大学大学院情報理工学系研究科情報理工学教育研究センターの中嶋 浩平 准教授の共同研究グループは、新規情報処理技術である物理リザバー計算(※1)を、数値シミュレーションを用いてバーチャルに再現することにより、円柱周りの流れ現象における渦が情報処理能力の鍵であることを明らかにしました。
近年、新規情報処理技術のひとつである物理リザバー計算が注目されています。これは、リカレント・ニューラル・ネットワーク(RNN、※2)の学習法の一種であるリザバー計算の物理実装版で、物理系を巨大なRNNと見立てて計算を実装し、主要な演算を物理リザバーである物理系のダイナミクス(重力、風力といった物理的な現象で生じる物体の動作)にアウトソースします。通常の学習で用いられる逆伝播による重みの最適化は不要で、少ない計算資源かつ瞬時に最適化可能という長所を持っています。ただし、その情報処理能力は物理リザバーの能力次第であるため物理リザバーの調査・最適化が重要です。更には、高い情報処理能力を持つ物理リザバーの設計の際には、数値シミュレーションによる実験コスト(物理実験の試行回数、条件の数、設備材料費など)の低減が期待されます。水や空気などの多様で複雑なパターンを示す流れ現象は興味深い物理系ですが、数値シミュレーションによるバーチャルな物理リザバー計算や情報処理能力の調査は、その比較的高い数値計算コスト(数値計算に要する時間、メモリなど)から実現されていませんでした。それゆえ、流れ現象で生じる渦と情報処理能力の関係も未知でした。
本研究では、流れ現象のひとつで、物理系で伝統的によく研究されている円柱周りの流れを空間2次元の数値シミュレーションによってバーチャルに実装し、流速と圧力のダイナミクスを物理リザバーとして用いました。流れの特徴を示すパラメータであるレイノルズ数(※3)の値を変化させた結果、円柱後方に形成される双子渦が大きくなるに従って情報処理能力が高くなること、および、渦が最も大きくなり、渦が交互にできるカルマン渦へと遷移する直前のレイノルズ数において最も高い情報処理能力を持つことを明らかにしました。また、カルマン渦はそのままでは情報処理能力が低いこともわかりました。
今回得られた流れの渦と情報処理能力に関する知見は、将来、流れを用いた物理リザバーの情報処理能力を引き出す際に活用されることが期待されます。
本研究成果は、2021年6月17日14時(日本時間)に英国物理学会出版局(IOP Publishing)から発行されている『New Journal of Physics』のオンライン版に掲載されました。
【用語解説】
※1 物理リザバー計算
リカレント・ニューラル・ネットワーク(RNN,※2)の学習法の一種であるリザバー計算の物理実装版。物理系のダイナミクス(物理リザバー)を巨大なRNNと見立て、これを用いて主要な演算を行う。演算をアウトソースするため、少ない計算資源かつ瞬時に最適化可能という長所を持つ。
※2 リカレント・ニューラル・ネットワーク(RNN)
回帰型ニューラル・ネットワーク、すなわち、中間層の出力がそれ自身あるいは別の層の入力にもなっているニューラル・ネットワーク。
※3 レイノルズ数
νを流体の動粘性係数[m2/s]、Uを速度[m/s]、Lを代表長さ[m]としてRe = UL/ν[-]で定められる流れの慣性力と粘性力の比を表す無次元数。
- New Journal of Physics
- 研究者情報: 野津 裕史