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原子間力顕微鏡を利用した内耳タンパク質の力分光解析による聴覚メカニズム解明(2021.06.10)

2022年01月07日

金沢大学理工研究域フロンティア工学系の村越道生准教授らの研究グループは、原子間力顕微鏡による力分光法(※)を用いて、聴覚の高感度を可能にしている内耳外有毛細胞のタンパクであるプレスチンの膜貫通構造を明らかにしました。

哺乳類である私たちは非常に敏感な聴覚を持っていますが、これは耳の内側にある蝸牛と呼ばれる器官の増幅機能によるものです。この増幅は、内耳の外毛細胞と呼ばれる感覚細胞によるもので、その膜に存在するプレスチンと呼ばれるタンパク質が音刺激に対応した細胞内電位の変化に反応することで行われていると考えられています。しかし、プレスチンの膜構造の詳細については、まだ分かっていないことも多く、私たちの優れた聴覚機能のメカニズムの包括的な解明には、さらなる研究や調査が必要とされています。

本研究では、原子間力顕微鏡による力分光法を用いて、プレスチンの膜貫通構造を明らかにしました。C末端にアビジンを付加したプレスチンをチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞に発現させ、その単離膜にストレプトアビジンを修飾した原子間力顕微鏡の探針を近づけることでプレスチン分子を捉え、さらにこれを細胞膜より引き抜くことで、プレスチンと細胞膜間に働く極めて微小な力(~10-12 N)の測定に成功しました。

本研究の成果は、プレスチンが12個の膜貫通ドメインを持っていることを示唆しており、従来のモデルによる予測を裏付けるものです。今後は、蝸牛の増幅機能の理解や聴覚メカニズムのさらなる解明につながることが期待されます。さらに本研究グループでは、プレスチンの特異な特性を利用した新しいデバイスの開発など工学的応用を目指して研究を進めています。

本研究成果は、2021年6月10日に国際学術誌『Journal of Biomechanical Science and Engineering』のオンライン版に掲載されました。

図1

内耳のタンパク質モーターであるプレスチン(prestin)の力学解析。

図2

CHO細胞の単離膜の蛍光画像。(a) ビオチンを付加したプレスチンを発現する細胞(CHO-pres-Avi)。(b) 何も付加していないプレスチンを発現する細胞(CHO-pres-FLAG)。CHO-pres-Aviでのみビオチンの存在が確認できる。

図3

原子間力顕微鏡を用いた力分光法によるプレスチンの構造解析。N~Lドメインより得られた力-伸長曲線。

【用語解説】

※ 原子間力顕微鏡による力分光法
材料の力学的特性を調べる方法として引張試験機などを用いた応力-ひずみ曲線測定が知られている。原子間力顕微鏡による力分光法は、同様の原理を分子(ポリマー等の高分子やタンパク質等の生体分子)の力学的特性測定に応用した技術であり、原子間力顕微鏡の探針と基盤の間に目的分子を挟み込んで伸長し、その時の力と伸長距離の関係から分子の構造や機能に関わる情報を得る方法である。